「寂しくないの?」私は、なぜ否定疑問文で話してしまうのか

Edit by ツバキとミモザ編集部

否定疑問文とは

「Don’t you like it?」「Don’t you want to see me?」のように、英会話でよく聞く『否定疑問文』。

否定疑問文とは、“not”を使って、否定系で質問することをいいます。

通常の「はい」と「いいえ」の答えが逆になる英文です。

日本語に訳すと、「会いたくないの?」「いいえ。会いたいです。」といったように、「会いたいの?」と聞かれれば「はい。」だけで済む言葉を、「いいえ。会いたいです。」と、言葉を付け加える必要がある。

なぜ、多くの日本人が、否定疑問文で質問するのか─。

寂しくないの?会いたくないの?

「寂しいの?」と聞けば、「うん。」しか返ってこない。

だけど、「寂しくないの?」と聞けば、「ううん。寂しいよ。」と言ってもらえる。

「会いたくないの?」も同じ。

否定して欲しいから、否定疑問文を使って話してしまう。

会いたいと思っていることを期待しているはずなのに、なぜ「会いたくないの?」なんて否定的な聞き方をしてしまうのだろう。

悲観主義?自己肯定感の低さ?

私は、いつからそうなったんだろう。

ネガティブ思考とか、そんな簡単なことじゃない

ネガティブな質問の仕方だと言われてしまえば、そうかもしれない。

けれど、言ってくれないから、言ってほしくなる。

それって、私だけが原因?

もっと、多くの言葉をくれていたら、私は否定疑問文で質問するようにはならなかった。

不安にならずに、素直に質問できていたはずだ。

仕事でもそう。

頼りにされているとわかっていたら、「困ってたら、言ってください!」と言える。でも、「困っていることないですか?」と言ってしまう。

いつ、どんな時も、自己肯定感がついて回ってくる。

でも、その自己肯定感は、自分ひとりで高められるものじゃない。

無意識で気づかない。それが一番、怖かったりする。

自分は自己肯定感が高い方だと思っていた。

別に寂しくもないし、不安になることも少ないって。

でも、自分が否定疑問文で質問していることに気づいた時、「あぁ、私、寂しいんだ。不安なんだ」と思った。

無意識の言葉や行動で、自分でも気づかない自分の性格に出会うこともあるんだって。

いつかは、無意識に「寂しかった?」「会いたかった?」と、聞ける人間になりたい。

そしたら少しだけ、今より笑顔が増えるはずだから。

ツバキとミモザ編集部

TSUBAKI & MIMOZA

「この生きづらい世の中で、本物の幸せを見つける、私のための処方箋」をコンセプトに現代を生きる全ての人に寄り添うWebメディア『ツバキとミモザ』編集部。